スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

ヤクザな神様 

ヤクザな神様、タイトル買い。
(いや、加えて設定買いで、イラスト買いで、作家買いで、レーベル買いでもあるんだけど…)
李丘さんの作品は大好きなお気に入り作品でもいつもタイトルが微妙と思っていたので、珍しい。
語感が良くて覚えやすく、中身にも期待したくなるようなイマジネーションを刺激されるタイトル。
そして、作品はタイトルに違わずとてもとても楽しかった。

一人称が「私」で「ですます」調の敬語体で、誰彼と無くどことなく他人行儀な態度をとる主人公。
真っ白なイメージでコーティングされた彼の潔癖症的な生き方は、過去の赤黒い情念を隠している。
とはいえ、彼が不浄と切り捨てたい攻めへの情念は純粋で健気で神様に後ろ指指されるものでもない。
頑固なまでに自縄自縛な生き方を己に律する史朗の本質は、案外ずっと変わってはいないのだ。

むしろ、攻めが史朗へのアプローチを間違えたのだ。
彼も若かったので仕方なかったのだろうし、天邪鬼な男は斜に構えた態度で史朗を見守っているのだ。
彼がヤクザに転じた理由が不明瞭で伏線は回収されてはおらず、どうしてもこの続編を期待したくなる。
というか、常に一貫して史朗視点で話が進むので、彼の愛情こそダダ漏れだが活躍が見えない(笑)。
水面下で手を打ったり配下をボディガードにつけたり用意周到な男のくせに、何処か残念な攻めである。
だが、そこがいい(笑)。

結局のところ、李丘さんの作品の魅力はこの点に尽きる。
攻めと受けの掛け合いが一方的でなく、50/50のケンカップルな応酬が楽しくて楽しくて仕方ないのだ。
が、故にBL的甘さが少ないのも常のことで、最後にダっと駆け足で流されて終わってしまう感が強い。
史朗と晴佳の爛れた1週間の詳細こそもっと詳しく!!って問い質したいのに、そこがかわされてしまう。

相変わらず、脇役も悪役も魅力的で何処か憎めない。
そして、今回のきな臭い事件は敵の不法が露見化したから事なきを得たものの、予断は許さない状況。
史朗の周囲に限ってはヤクザな守護神がついているから今後も安泰だろうが、本来円満解決は難しい。
温泉街も商店街も神社も鄙びた田舎も大好きな私にとっても、他人事じゃなくて苦しい選択だなあ。

<作品データ>
・李丘那岐『ヤクザな神様』(佐々木久美子・画、大洋図書シャイノベルス)2012.3
ヤクザな神さま (SHYノベルス280)ヤクザな神さま (SHYノベルス280)
(2012/03/08)
李丘 那岐

商品詳細を見る

[ 2012/03/11 03:01 ] novel BL | TB(0) | CM(0)

こいのうた 

『バグダッド・カフェ』は、映画狂の頃にいつか観よう観ようと思いつつ結局観ていないのだ…。
映画よりも挿入歌として使われていた『Calling you』は有名で、当時ラジオでよく流れていたと思う。
当然歌詞の意味など知る由も無く、砂漠の中に建つ一軒の寂しいカフェのイメージが思い浮かぶだけ。
というか、実は結構長い間そのタイトルからこの映画を“イラン映画”だと私は思い込んでいたのだ(笑)。

いずれにせよ、“人”を感傷に誘う歌である。
高遠作品は理想の(居)場所を探す人々の物語であることが多いが、今回もそのバリエーションの一つ。
七年間も幽霊を歌で呼び続ける男と、癇癪で皿を割り続ける母のいる家に帰りたくない少年の物語。
先生も生徒も、先生を怨み続ける“彼”も八尋の母も、誰もが皆better placeを思い描いているのだ。
今日のような明日が続くことが耐え難い日々、そんな人生の低調の波というのは誰しもが経験するもの。
とはいえ、その暗くて苦い波に呑まれてはいけないし、ましてや決して“親友”を巻き込んではいけない。
親友/幽霊と最後のコミュニケーションにしくじった彼の歌は悲壮感に溢れ、人の胸に迫るものがある。
物語前編はそんな幽霊との対話が軸であり、幽霊を呼び出す装置に誘われた少年は狂言回しのよう。
本来回想にしか登場しえない幽霊だが、“彼”に憑依して最期のメッセージを届けに来たようにも見える。
ラストに“地上”から先生を見上げて手を振る少年の姿は、物語後編の重要な伏線にもなっている。

八尋は七年間も一人の男(=先生)を“恋”し続け、気づけば立派な大人に成長していた。
この世界に自分が存在し続けることに対する罪悪感を拭えない狩谷は、再会後も相変わらずだった…。
彼はクライマックスまで八尋のように愛することはないが、それ自体が最大の誠意であり譲歩である。
恋がそれ以外の選択肢を許さぬことだとするならば、いずれ狩谷も観念する筈だし彼に執着する筈だ。
狩谷/先生の居場所はまず本人が望んで変わらなければ、辿り着けないのだと看破する八尋/生徒。
男のというよりも人間の矜持を根源から揺さぶってくる八尋の言葉は、重い鈍器に殴られたように痛い。
ところで、私は全てのBLにおいて受けは攻めの人生を徹底的に極限まで振り回せば良いと思っている。
だから、先生のつれない態度も思わせぶりな態度も弱音を見せるシーンもみんな全て愛くて仕方ない。
幸福というのは、そういう断片を寄り集めて蓄積されていくものだと思うから。

呼ばれた/呼び続けた時点で、この二人の恋愛関係は始まっていたし決まっていたんだと思う。
運命の神様の采配は凄い。

<作品データ>
・高遠琉加『こいのうた』(三池ろむこ・画、海王社ガッシュ文庫)2012.3
こいのうた (ガッシュ文庫)こいのうた (ガッシュ文庫)
(2012/02/28)
高遠 琉加

商品詳細を見る

[ 2012/03/05 00:41 ] novel BL | TB(1) | CM(0)

破滅の恋 

「ひと目惚れだ。シルバのときもそうだった。彼の闘牛を一度見ただけで、その才能に気づいた。おまえもそうだ、おまえの歌に惚れた。まだ何の色にも染まっていない無垢さ。だが色濃く変化していきそうなものを秘めている。それが知りたい。だからおまえ自身に、ファドの呪いをかけたくなった」(P30-31)


両親の思い出の土地のポルトガルに立ち寄った遠藤叶多は、かくしてファドの呪いを得たのである。
一方で華藤えれなさんの“魔術”にかかった私は、以後で綴られる彼の転落人生にのめり込んだ。
悲劇的運命に翻弄されているようで、実は自律的に堕ちる人生を選び続けるのがこの主人公なのだ。
彼の魂は無垢の時も、ビッチの時も、果ては薬に心が蝕まれている時でも常に美しいから頭が下がる。
こういう非or超―人間的な“受け”の描写でこの著者を超えるBL作家さんは他にいない、と思われる。
まさにというか実にというか、見事に華藤えれなさんワールド全開の異国情緒溢れるメロドラマだった。

郷愁を誘う前近代的なポルトガルの町並みや情景は、映画のように美しく魅力的に描写されている。
だが、それはあくまで外観的な姿に過ぎず、そこに生きる人々は常に理不尽な現実と向き合っている。
異邦人である叶多が体験する過酷な身体的・精神的苦痛の数々は、半ばこの歪を映す鑑なのであろう。
だから、彼に憧憬を抱くの二人の男の叶多への視線は、何処か一歩引いた諦観に満ちているのである。
己の人生に希望を見出せない男たちと、一途にレイナルドを想い真っ逆さまに人生を転落していく叶多。
彼の原動力は一途な復讐/恋愛感情であり、その激情が読者を物語の中にグイグイ惹き込んでいく。
物語はクライマックスを経ても尚完全なハッピーエンドとは云いがたいのに、よって悲壮感は薄い。
むしろ、読後は全部耐えた!乗り越えた!的な達成感のような爽快感を味わえること請け合いである。

レイナルドが授けたファドの呪いの芽…それがどのような成長を遂げ、彼らに何をもたらしたのか?
彼にかけられた魔法あるいは呪いは、巡り巡ってプロローグの意味深な予言に返っていくのである。
よって、この物語は数学的(論理的)にも美しい(笑)。

<作品データ>
・華藤えれな『破滅の恋』(織田涼歌・画、笠倉出版クロスノベルス)2011.12
破滅の恋-MeuAmor- (クロスノベルス)破滅の恋-MeuAmor- (クロスノベルス)
(2011/12/10)
華藤 えれな

商品詳細を見る

[ 2012/02/02 03:30 ] novel BL | TB(0) | CM(0)

2011年12月の読書メーター 

またギリギリです。
今月は、鎌倉に日帰り旅行に行ってきました。
行程は下記の通り。

【新宿】→<小田急>→【片瀬江ノ島】→江ノ島一周→【江ノ島】
→【長谷】→御霊神社→長谷観音→【長谷】
→【鎌倉】→ランチ@勝烈庵→安養院→別願寺(ワンコとニャンコがいた!)→ぼたもち寺
→銭洗弁財天→東慶寺→建長寺→(円応寺)※タイムアウト→鶴岡八幡宮
→【鎌倉】→【大船】→<小田急>→【新宿】

江ノ電と徒歩オンリー。
エスカーは使っておりません!!
今回は妹というナビ付きでしたので迷子にはならなかったものの、かなりの距離を歩きました。
江ノ島では腐った目的の為に“稚児”ヶ淵までうっかり足を踏み込み、帰りの階段で気が遠くなりました。
あとは、銭洗弁財天様がね…遠くてね…急勾配の坂道でね…途中で音を上げそうになりました(笑)。
鎌倉に土地勘のある方から、「お前らどんだけ歩いてんだよ!!」とツッコミ入るくらい歩いてます。
(それにしても、人力車のお兄さんお姉さんは毎日人を担いで走って、観光案内と本当に逞しいです♪)
俄かマイブーム中の頂いたご朱印コレクションも増えまして、それでもホクホクの一日でした。
次に鎌倉伺うときは、是非杉本寺方面を制したいところです。

よし、前振り完了。
そういえば、写真撮ったけど…スマホでアップの仕方が分からないなあ。
気が向いたら、添付ファイル送ってこちらにペタリするかも。

では、先々月の読書記録どうぞです。



[ 2012/02/01 01:33 ] 読書メーター | TB(0) | CM(0)

神に弄ばれた恋 

三千世界の鴉を殺し 主と添寝がしてみたい


読後にこの都都逸が頭を過ぎった。
物語の舞台はスペインで二人の生きる世界は三千世界ではないし、実際に殺しているのは牛である。
主の忌まわしい些事を取り除き、褥を共にする為には牛を延々殺し続けなければならぬ攻めの切なさ。
そんな苦しさはこの都都逸とどこか通じるものがあったように思う、そんな作品であった。

彼の主ことアベルが、運命の男サタナスを己のマタドールに仕立て上げる情熱とその過程が凄まじい。
ラテン気質の血ゆえか、愛と復讐と目的を遂げるためには己が穢れることには一切頓着しない主人公。
自身どころか他者に対する“暴力”すら厭わない、そんなアベルには一切の共感がもてなかった…。
一心不乱に狂気的な彼の行動/信仰は生粋のものであり、逆境が彼の性格を歪めた訳では無い。
その終始一貫したある意味で強靭な姿勢は、いっそ清清しいともいえる…兎に角、“濃い”に尽きるのだ。
(余談であるが、大好きなシャーロック・ホームズシリーズの「ソイ橋」に登場した女を髣髴させる)

闘牛の巡る文化的/政治的状況は、国技とされているスペイン国内ですら困難を極めている模様。
“野蛮”の一言で片付けるのは容易いが、それだけではない独自の美学がこの文化にはあるのだ、と。
マタドールと闘牛の対峙する関係を描写する筆致は、さすが闘牛好きを公言する著者ならではである。
BLは受けの容姿の美しさを称えるものが多いが、今回の作品内ではその立場は完全に逆転している。
生と死の最前線に常に立たされ続けている彼の太陽を背負うシルエットには、ため息しか出てこない。
先日、惜しくも故人となられた朝南かつみさんが添える端正な挿絵が、更に彼の魅力を引き立てている。

残念ながら、BLとしてはあまり楽しめる作品ではなかった。
闘牛描写が勝ち過ぎているのも原因のひとつであろうが、それ以上に回想シーンが多くて疲れるのだ。
むしろ、闘牛を取り巻く“濃ゆい”人々の愛憎ないまぜの人生模様を楽しむ作品だったと思う。
メイン二人もさることながら、脇役の登場人物達も皆一様にキャラが非常に濃くて楽しかった。

<作品データ>
・華藤えれな『神に弄ばれた恋』(朝南かつみ・画、ムービック・ルナノベルス)2012.1
神に弄ばれた恋 ~Andalucia~ (ルナノベルズ)神に弄ばれた恋 ~Andalucia~ (ルナノベルズ)
(2012/01/07)
華藤 えれな

商品詳細を見る

[ 2012/01/14 22:14 ] novel BL | TB(1) | CM(0)
*profile

tatsuki

Author:tatsuki
気になる方は、こちらをどうぞ。
アサッテなBLが好きです♪
アンケート回答募集中!!

*calendar
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
*category
*counter
現在の閲覧者数:
*blog-people

読書メーター
*page ranking*


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。