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イスタンブールを愛した人々 

本日読了。
読み物としてはそこそこ楽しめましたが、研究書としては少しぬるい感じがしました。
歴史省察に関しては教科書より少し深い程度ですので、あくまでエッセイ程度に読むのが吉かと。
それにしても、アタチュルク以後のトルコの外交手腕は大したものです。

<作品データ>
・松谷浩尚『イスタンブールを愛した人々 エピソードで綴る激動のトルコ』(中公新書1408)1998.3
  ISBN4-12-101408-1
イスタンブールを愛した人々―エピソードで綴る激動のトルコ イスタンブールを愛した人々―エピソードで綴る激動のトルコ
松谷 浩尚 (1998/03)
中央公論社
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余談ですが…同書に出てくる芦田均先生には個人的に苦い思い出があります。
昔、卒業論文の参考文献の為に先生の『バルカン』購入したんですよ。
当時から通常の書店では取り扱ってなくて、仕方なく岩波専門の古書店で見つけました。
何分古い本ですから状態もひどく、読んでるうちに破損してしまうんじゃないかと思われる次第で…。
そんな本が5000円札出して数百円のお釣りしか来ませんでした(正確な金額は忘れました)。
私が今まで購入した本で最高額だったのは間違いないです、はい。
い…岩波新書なのに…。
しかも、私の卒論のテーマとは微妙に時期がずれていた為、結局斜め読みしかしてないんですよ。
卒論の締め切りが差し迫っていて、とてもじゃないけど読み込んでる時間が無かったんですね、当時。
高すぎる買い物でしたので、捨てることもできず今に至っております…。

<作品データ>
・芦田均『バルカン』(岩波新書)1939←旧赤版デス

以上、2006年2月8日の雑記。
↓は、再読メモ。



■露の南下政策
 ・モスクワ大公イワン三世コンスタンチヌス十一世(ビザンチン帝国最後の皇帝)の姪…双頭の鷲@露皇帝の紋章
  ∴クレムリン教会堂@ギリシャ正教の総本山
 ・第二次ウィーン包囲(1683)→カルロヴィッツ条約(1699)~ハンガリー喪失、東欧における墺の優勢確実
 ・イワン四世(雷帝)ピョートル大帝
 ・北方戦争(18C初頭)~露VS.瑞典→露、バルト海へ進出
 ・エカテリーナ二世第一次露土戦争(1768~74)→キチュク・カイナルジャ条約(1774)
  ⇒露のトルコ海峡(ダ+ボ)→地中海自由航行権獲得
クリミア戦争(1853~)
 ・ギリシャ独立戦争(1821~29)+バルカン諸民族の独立戦争+エジプトの自立の動き
 ※「東方問題」by英、仏、露、伊の介入~オスマン帝国解体・割譲による欧列強の利権争い
  →青年トルコ革命(1908)→アブドゥル・ハミト二世廃位→エンヴェル・パシャ(1909)
  →トリポリ(リビア)戦争(1911)~土VS.伊
  →第一次バルカン戦争(1912.10)→第二次バルカン戦争(1913.6)→WWⅠローザンヌ条約(1923)  
 ・オスマン帝国領内の聖地エルサレムの管理権問題~カトリック教会VS.ギリシャ正教会
  →仏(16C~)→露の支援を受けた希正教会by仏革命の混乱
  →仏皇帝ナポレオン三世‐オスマン帝国皇帝アブドゥル・メジト一世(1852)VS.露皇帝ニコライ一世
  →露、希正教会の保護権要求【口実】VS.オスマン帝国(…+英の援助)
  *露の【目的】…不凍港獲得by南下政策
  *英の【利害】~印含む東洋への通路の安全確保のための防壁
 ・1853.7 露、オスマン帝国領のモルダヴィア、ワラキア、ドナウ地方に進入
 ・1853.10 オスマン帝国宣戦布告
 ・1854.3 英、仏、クリミア半島に派兵@オスマン帝国支援
 ・1854.10 セバストポリの包囲戦…cf.トルストイ『セバストポリ物語』…従軍経験
 ・1855 サルディニア王国派兵@オスマン帝国支援…主権国家として欧列強に認知されたいという動機
 ・1856.3 パリ条約
     ・ダーダネルス、ボスポラス両海峡と黒海の中立化⇒露の南下政策挫折(→農奴解放令@1861)
 □フローレンス・ナイチンゲール~「近代看護の母」
 *統計学/近代看護法創始/公衆衛生知識の啓蒙活動/制服 
 ・セリミイェ兵舎~第二十八代皇帝(スルタン)セリム三世(1803)
  ↑クリミア戦争で看護の本拠地として活躍した野戦病院
  cf.徳富健次郎(蘆花)『巡礼紀行』(中公文庫)~聖地パレスチナ巡礼+文豪トルストイ訪問(1906.4~8)

■ヒッタイト(アナトリア)学by独…cf.アッシリア(メソポタミア)学by英、エジプト学by仏
 ※「世界の七不思議」~エフェスのアルテミス神殿、ハリカルナッソスのマウソルス王の墓
 □ハインリッヒ・シュリーマン…cf.『中国と日本』~公衆浴場、公娼制
  *トロイ戦争アキレウス(希)VS.ヘクトール(トロイ)→パリスの弓の矢木馬byオデュッセウス
   …ホメロス(『イリアス』、『オデュッセイア』) 
 ・コンツェ、フーマン~ベルガマ王国発掘(1877~)~羊皮紙@「パーチメント」⇔パピルスbyエジプト
 ・ヴィンクラー(独)~ヒッタイトの首都ボアズキョイ発掘、粘土板解読、旧約聖書に登場
  *カデシュの戦い(B.C.1286頃)~ラムセス二世@埃VS.ヒッタイト@鉄+馬+戦車
  →チェコ人フロズニー~ヒッタイト語(印欧語)解読(1916-17)
 ・キョルテ(独)~フリュギア王国(B.C.8C~B.C.7C)、首都ゴルディオンミダス王
■独の躍進
 cf.1869 スエズ運河建設→開通byレセップス(仏)→[ロスチャイルド(ユダヤ人金融王)]→英が株買収
  *仏~レバノン、シリア
  *英~「東地中海」@マルタ島(1815)、キプロス島(1878)
  *露~第六次露土戦争(1877~78)
 ・1861 普王ウィルヘルム一世
 ・1862 首相ビスマルク軍備拡張、鉄血政策
 ・1866 普墺戦争(七週間)→北独連邦
 ・1870-71 普仏戦争ウィルヘルム一世VS.ナポレオン三世
 ・1871.1 独帝国成立by独皇帝(カイゼル)ウィルヘルム一世、宰相ビスマルク
 ・1878.3 サン・ステファノ条約
     ・ルーマニア、セルビア、モンテネグロの独立承認
     ・ブルガリア@領域拡大、土領内の自治国、露の保護下
 ・1878.6 ベルリン会議byビスマルク@「公平な仲介人」~ゴルチャコフ(露)、ディズレーリ(英)、アンドラーシ(墺-洪)など
 ・1878.7 ベルリン条約
     ・ルーマニア、セルビア、モンテネグロの独立承認
     ・ブルガリア領土縮小→露の南下政策挫折⇒日露戦争(1904-05)
     ・キプロス島領有by英
     ・ボスニア・ヘルツェゴビナの統治権獲得by墺(…独@墺の後見人→バルカン@「世界の火薬庫」への地歩)
 ・1882~ ゴルツ将軍を団長とする独軍事使節を土に派遣→土陸軍の改革指導
     →ザンデルス将軍を代表とする大規模な軍事顧問団を土に派遣
     ⇒独、土軍の実権掌握→「統一と進歩委員会」、親独派エンヴェル・パシャ⇒WWⅠ
 ・1888 バグダード鉄道敷設権~3B政策(ベルリン‐ビザンチウム<イスタンブール>‐バグダード)
 ・1906 ハイダル・パシャ駅~バグダード鉄道の始発駅by独

ピエル・ロティ(ルイ・マリー・ジュリアン・ヴィオ)~*土→仏文化への憧れ
 ・芥川龍之介『舞踏会』
 ・旧市街@南―金角湾(ゴールデン・ホーン)―新市街@北地区
 ・エユップ地区~イスラム教徒にとっての聖域
 ・674-678 コンスタンチノープル包囲byアイユーブ(エユップ)→「テオドシウスの城壁」外側で戦死
 ・1453 コンスタンチノープル陥落byメフメット二世
 ・1458 メフメット二世、モスク(エユップ・スルタン・ジャミイ)建立
      ~オスマン帝国の歴代皇帝は、即位後「オスマンの剣」を帯びてモスク参詣
 ・1766 ↑地震で廃墟
 ・1789 第二十八代皇帝セリム三世即位~「西洋化」改革→挫折 cf.仏大革命     
 ・1800 ↑エユップ・スルタン・ジャミイ再建立
 ・1803 第三十代皇帝マフムート二世即位
    *内憂外患に果敢に対処~ギリシャ独立戦争(1821-29)、エジプト問題
    *イェニチェリ軍団廃絶(1826.5)→ターバン廃止、「フェス」(「トルコ帽」)導入
    *u>軍隊の近代化のため、多くの若い将校たちを仏に派遣…cf.「チューリップ時代」byアフメット三世
 ・1839 アブドゥル・メジト一世即位
    *「ギュルハネ勅令」(cf.マグナ・カルタ@英)
    *「タンジマート」(cf.明治維新@日)
 ・1896.8.26 銀行占拠事件by「タシナク」(アルメニアの抵抗組織)
       →アルメニア人虐殺事件byイスタンブールの民衆
        ↑コーカソイド人種、印欧語族、アルメニア教会(グレゴリウス教会)@キリスト教、商業や金融業の分野で活躍
       cf.山田寅次郎『新月山田寅次郎』(自費出版)~君府、土耳古
 ・1908 青年トルコ革命~第三十四代皇帝アブドゥル・ハミト二世幽閉→死
 ・1915 アルメニア人虐殺事件~cf.陳舜臣『イスタンブール』
 ※オスマン・トルコ語≠「現代トルコ語」
  
山田寅次郎
トプカプ宮殿~サライ・ブルヌ(「宮殿岬」)
  ・北‐金角湾、南‐マルマラ海、東‐ボスポラス海峡、西‐「テオドシウスの城壁」
  ・「トプカプ」…トプ(大砲)・カプ(門)
  cf.映画『トプカピ』byジュールス・ダッシン監督
・ウムト・アルク大使『トルコと日本』(サイマル出版会)
トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件(1890.9.16)~司馬遼太郎『坂の上の雲(一)』(文春文庫)
中村商店~「民間大使」、「名誉領事
 cf.【特命全権大使
  1.日本政府を代表すること。
  2.相手国政府と外交交渉をすること。
  3.日本と日本国民の利益を保護すること。
  4.経済関係を緊密にするよう努めること。
  5.日本の事情を紹介したり、文化の交流をはかること。
  6.相手国の事情を観察し、報告すること。
  7.在留邦人、邦人旅行者を保護すること。
 1.日本・トルコ条約締結
 2.要人などへの便宜供与
 3.文化交流~日本紹介の「有能な広報官」
 4.領事事務
日露戦争(1904-05)
 ・墺駐在牧野伸顕公使~「密報」「某」
 *ガラタ島から露黒海艦隊の動静監視
 ・露義勇軍艦隊所属の三隻(ペテルスブルク、スモーレンスク、オリョール)が貨物船偽装→南下(七月四日)
 →ウィーンの牧野公使に報告見意義→本省に大至急の公電発信(七月六日)
 →ペテルスブルグ及びスモーレンスクが商船旗を掲げてスエズ運河に入る(七月八日及び九日)
 →ウラジオに向って出航(七月十日)(…→英船及び独船を臨検捕獲@紅海→英VS.露紛争)by鹿島平和研究所編『日本外交史7』
 →エーゲ海を出た後、希で武装→アフリカ東部の沖合でバルチック艦隊に合流by芦田均『君府海峡通航制度史論』
 ∴日露戦争後、帝国海軍はこの報告を高く評価
 ・内藤智秀教授『日土交渉史』(泉書院)
 ・山田宗ヘン「お茶の心でトルコと親交」(『日本経済新聞』1981年1月31日付)
 ・外相小村寿太郎~銀七宝花瓶一組を感謝状とともに贈呈
 ・『土耳古画観』(博文館)
 ・新月の都(=イスタンブール)

乃木希典~親日気分
 cf.伊藤忠太「土耳古・埃及旅行茶話」(『伊藤忠太著作集5』原書房)~建築家。1903年にトルコ旅行
 ・1911.7.21~24 イスタンブール訪問、「老体の渡欧生還を期せず」
 ・『乃木大将事蹟』(1916)/『乃木大将渡欧日誌』(『乃木希典全集下巻』国書刊行会)
 ・「メフメット二世と山越えするオスマン艦隊」@ドラマバフチェ宮殿
  →ビザンチン側~金角湾の入口を鉄の鎖で封鎖
   VS.メフメット二世一夜のうちに艦隊を油脂で塗った板や丸太の軌道の上に引き揚げて、山越えして金角湾進入
   ⇒艦隊七〇隻の陸揚げ地点は、ボスポラス海峡に面したトプハネ地区
 ・ボスポラス海峡の両岸の要塞
  1.ルーメリ(欧側)・ヒサールbyメフメット二世→後、敵国大使などの投獄に使用
  2.アナドール(亜側)・ヒサールbyバヤジット一世(1390頃)~ボスポラス海峡の通航を抑える
                   VS.ティムール…「アンカラの戦い」(1402)
 ・ペルテヴ大佐~日露戦争時の観戦武官by皇帝アブドゥル・ハミト二世(「赤いスルタン」)
  →大谷光瑞→ケマル・パシャに武器供与
  戦記『日露戦争』、講演録『日露戦争の物心の教訓並びに日本勝利の原因』
⇒【第一次憲政期】~ミドハト・パシャらが起草した憲法の発布と議会開設の約束
 ※アブドゥル・ハミト二世
  *西欧化⇔汎イスラム主義
  *病的な猜疑心&強烈な性格
 ・1876 「ミドハト憲法」公布
 ・1877-78 露土戦争→憲法停止、議会閉鎖の断行→専制政治化 
 ・1908 「青年トルコ党」革命~ミドハト憲法復活、門閥打破、国家改造by青年将校たち
  →南マケドニアのサロニカに駐屯する第三軍団のエンヴェルら青年将校たちによる反乱
  →エディルネ(アドリアノープル)の第二軍団も同調
  →皇帝アブドゥル・ハミト二世は憲法復活を宣言
⇒【第二憲政期】
 ・1912-13 第一次バルカン戦争
       *オスマン帝国VS.バルカン同盟(希、勃、セルビア、モンテネグロ)←露の支援
       *マケドニアの分割
 ・1913 第二次バルカン戦争
     *ブルガリアVS.バルカン諸国+オスマン帝国
 ・1914.6.28 墺皇太子フランツ・フェルディナント大公夫妻暗殺事件@サラエボ(ボスニア)
 ・1914.7.28 WWⅠ墺VS.セルビア⇒を除くすべての欧列強が戦争に巻き込まれる
 ・1914.8.4 オスマン帝国は中立宣言(独派VS.英派)
 ・1914.8.10 独戦艦「ゲーベン」&「ブレスラウ」が英艦隊の追尾を逃れてダーダネルス海峡に入る
       →英から抗議→独戦艦をオスマン帝国海軍に編入
 ・1914.10.29 露軍港オデッサやセバストポリなどに停泊している露軍艦を無警告砲撃
 ・1914.10.30 独側で参戦byエンヴェル・パシャ@クーデターで実権握る
 ・1914.11.2 露、オスマン帝国に宣戦布告
 ・1914.11.5 英、仏、オスマン帝国に宣戦
       ⇒皇帝メフメット五世ジハード(聖戦)を呼びかける
        1.東部アナトリア方面~VS.カフカースから南下した露軍
        2.メソポタミア方面~VS.英軍
        3.シリア方面~VS.仏軍
 ・1915.2~ 「ゲリボル(ガリポリ)の戦い」~ダーダネルス海峡争奪戦
       *ケマル・パシャVS.チャーチル…cf.旅順攻囲戦by乃木希典@日露戦争
 ・1916.5.16 サイクス・ピコ協定(英、仏、露で締結)~中東問題の根源の一つ
       ⇒を連合国側に参加させるためにオスマン帝国は徹底的に利用された
       例)英陸軍現役将校トマス・エドワード・ロレンスによる反土ゲリラ活動、アラブの独立、土軍の後方攪乱
       cf.映画『アラビアのロレンス』byデヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演
 ・1917 露革命→露の一方的戦争放棄
 ・1918.7.3 メフメット五世死去→皇太子ヴァハデッティンがメフメット六世として継承
 ・1918.10.30 オスマン帝国降伏
       ⇒エーゲ海北部のリムノス島のムードロス沖に碇泊した英軍艦アガメムノン号の上で休戦協定に署名 
 
□大谷光瑞~大谷探検隊
 ・1871 欧米使節団(岩倉具視全権大使)
 ・内藤智秀『日土交渉史』
 →福地源一郎、島地黙雷~土、埃の裁判制度の調査
 ・島地「航海日策」(『島地黙雷全集 第五巻』)
【トルコ革命】byケマル・パシャ
 ・武器供与@「トルコ独立戦争(祖国解放戦争)」~『サカリア河の戦い』…cf.“関ヶ原の戦い” cf.上村辰巳『トルコ革命秘史』
 ※外の敵~希軍
 ※内の敵~緑軍―遊撃軍byソヴィエト・ロシア cf.山内昌之『神軍 緑軍 赤軍』
 ・1919.5 希軍イズミール上陸(+英艦隊護衛)
 ・1919.5.19 サムスン上陸(…→「青年とスポーツの祭典」)~農民→国民軍⇒「国民誓約(ミサーク・ミッリー)」
    cf.五・四運動@中国、「三・一運動(万歳事件)」@韓国
 ・1920.4.23 大国民議会@アンカラ~ケマル・パシャ議長VS.皇帝メフメット六世@イスタンブール
 ・1920.5 「カリフ擁護軍」組織化、欠席裁判でケマルらを死刑宣告
 ・1921.1~3 イノニュの戦い~希軍をブルサ方面に撃退
 ・1921.8 サカリア河の戦い
 ・1922.8.30 「ドゥムルプナルの戦い」~「戦勝記念日」
 ・1922.10 ローザンヌ会議⇒アンカラ政府が土の唯一の代表(11月20日)…英VS.土
 ・1922.11.1 スルタン制の廃止宣告
 ・1922.11.17 メフメット六世、マルタ島に亡命(by英軍艦「マラヤ号」)
 ・1922.11.18 アブドゥル・メジト二世(↑の従弟)をカリフに選出
 ・1923.7.24 ローザンヌ条約…「奇跡」…cf.対独ベルサイユ条約
 ・1923.10.2 連合国、イスタンブールから撤退
 ・1923.10.6 ケマル・パシャの国民軍がイスタンブールに入場
 ・1923.10.13 イスタンブール→アンカラ遷都
 ・1923.10.29 トルコ共和国樹立~ケマル・パシャ初代大統領
 ・1934.10 ケマル=「アタチュルク」(「父なるトルコ人」)

芦田均
 ※『君府海峡通航制度史論』(巌松堂)1930.5~ダーダネルス、ボスポラス両海峡に関する浩瀚な研究
 ・「古代および中世における海峡問題」~「露国(ロシア)の黒海進出」
 ・「欧州大戦(第一次世界大戦)と海峡の地位」~「セーブル条約の調印および其の破壊」
 ・「新海峡協約」~「海峡協約の将来」~「海峡協約改訂すべきや」
 ・「日露戦争と海峡通航」
 ⇒モントルー条約(1936)
  ↑ソヴィエトの南進、独の東進を阻止しようとする英・仏の土への接近の所産
 ⇒バルカン協商
 ・日本国総領事館
 ・『第二次世界大戦外交史』(時事通信社)1959
 ・『芦田均日記』(岩波書店)~学究肌の外交官
 ・『最近世界外交史』全三巻(1934~)…ブランデンブルグ(独外交史の大家、ライプチッヒ大学教授)『ビスマルクより世界大戦まで』の翻訳
 ・『第二次世界大戦前史』(1953)
 ・『バルカン』(1939)
 ・幣原喜重郎内閣の厚生大臣として入閣(1945)
 →自由党離党、進歩党とともに民主党結成、幹事長→総裁(1947.3)
 →社会党第一党、片山哲内閣の外務大臣(1947.6~48.3)
 →民主党、社会党、国民協同党からなる芦田内閣組閣、首相兼外相(1948.3~10)
 →昭電疑獄
 ・石山賢吉『芦田首相を描く』(ダイヤモンド社)
ケマル・パシャの強権政治の影響?
・吉田正春『回教探検波斯之旅』(博文館、復刻版として中公文庫)→『トルコの旅』(未完)
・内藤智秀『日土交渉史』(1931)
・〃『トルコ語教本』(1934)
・〃『日土・土日大辞典』(1936)

□橋本欣五郎
 ・A級戦犯/「昭和ファシズム」/「桜会」
 ・「三月事件」、「十月事件(錦旗革命事件)」(1931)
 ・二・二六事件~粛軍→大日本青年党(1936.8)→レディバード号事件(1937.12)→大日本赤誠会(1940)
 ※橋本欣五郎『世界再建の道』(八光社)
 ・・ケマル・パシャ@独裁者…→「昭和維新
  1)カリフ制の廃止(1924.3.3)⇒世俗化(政教分離)政策⇒近代化の総仕上げ
   →アブドゥル・メジト二世追放
  2)イスラム法(シャリーア)&宗教裁判所廃止
   ⇒法律面の世俗化~瑞民法、伊刑法、独・伊商法の導入(1926)
   →イスラム神秘主義教団(タリーカ)の僧院の閉鎖(1925)
   →一夫多妻制禁止→服装改革(トルコ帽の着用禁止)
   →太陽暦採用
   →イスラム教@国教の条文削除(1928)
 ※「ケマリズムの原則」~「世俗主義」「国家資本主義」「共和主義」「民族主義」「民衆主義」「革新主義
  3)「文字改革」(1928)~トルコ語アルファベット完成
VS.反ケマル派→人民党脱党→進歩共和党結成(1924.11.17)→共和人民党(1924.11.10)
 ・1925.2 トルコ東部でクルド人の反乱(ナクシュバンディー教団シェイヒ・サイト指導)
     ↑英の煽動、画策疑惑濃厚
 ・1925.3 治安維持法制定→独立法廷
 ・1930.8 自由共和党結成→解散(12月)→一国一党制
 ・1930.12 「メネメン事件」~イズミール郊外で発生
 ※ブノアメシャン『灰色の狼ムスタファ・ケマル』(牟田口義郎・訳、筑摩書房)

トロツキー(レフ・ダヴィドヴィッチ・ブロンシュタイン)
 ・宮崎市定『西アジア遊記』(中公文庫)
 ・永久革命論byトロツキーVS.一国社会主義byスターリン
 ・「王子たちの島」=クズル・アダラル「赤い島々」~ビザンチン帝国時代に皇帝たちが政敵の流刑に使った
 →「マルマラ海の真珠」
 ・トロツキーの亡命生活~「ビザなき彷徨」
 ・『ロシア革命史』(1932)、『わが生涯』(1930)
 ・血の大粛清byスターリン
<共和制初期のトルコ外交>~「内に平和、外に平和」@善隣外交⇒「巧妙な外交政策」
 1.独立戦争時代(1919-23)
  ・アンカラ政府byケマル・パシャVS.イスタンブール政府by英の傀儡
  ・1920.8 トルコ・ソヴィエト友好和親条約が仮調印@モスクワ
      →ソヴィエト⇒トルコ(アンカラ政府)への武器弾薬供与
      背景)ソ…ソヴィエト領内のムスリムの歓心⇒イスラム世界における親ソ感情への期待
      背景)ケマル・パシャ…祖国解放運動のための反帝国主義運動を支援する国際的同調者
  ・1921.3 同、正式調印
      →カルス、アルダハを土に返還
  ※ローザンヌ条約の課題
   ・英との関係改善~「モースル問題」(→国際連盟の判断委託処理→1926.6 イラク割譲→英と関係改善)
   ・「トルコ海峡問題」(→1936.7 モントルー条約→土の主権回復)
   ・「ハタイ問題」(1938.8 「ハタイ国」→WWⅡ→1939.7 土に併合)
   ・国際的な孤立(→1934.2 バルカン協商→1937.7 サーダーバード条約
  ※1925.12 中立不可侵条約(土‐ソ)
  ※「アタチュルク・レーニン期」

アガサ・クリスティー
 ・宮崎市定『西アジア遊記』
 ・小田善一『青春の夢を求めて――私の東欧・バルカン奇行』(恒文社)
  ↑同盟通信社(→共同通信社/時事通信社)特派員

ブルノ・タウト
 ・「桂離宮」~「日本美の再発見」/「建築界の小泉八雲」/ナチスからの亡命来日
 ・『ニッポン』/『日本文化私観』
 ・堀口捨巳『桂離宮』(毎日新聞社)
 ・「ノアの鳩舎」(→ノアの方舟@アララト山)~八角形(霊廟@日本、シナン)
 ・スレイマニイェ・モスク/セリミイェ・モスク/モスタルの橋梁byシナン@15C末
 ・高橋英夫『ブルーノ・タウト』(講談社学術文庫)
 ・波蘭貴族←ポロネズキョイbyアブドゥル・メジト一世(1842)
 ・「ナターシャ」
 ・ドンメ~17C以降のユダヤ教徒サバタイ派からのイスラム改宗者

キケロ
 ・WWⅡ下の「中立」…土、瑞西、瑞典、西、葡←「最後の独立国」by芦田均『第二次世界大戦外交史』
 ・映画『五本の指(ファイヴ・フィンガーズ)』(1952)
 ・「ベルンハルト作戦」…偽造外国紙幣印刷工作の産物
 ・『わが名はキケロ』(筑摩書房)
 ・アレン・ダラス『情報活動の巧妙さ』(1963)
 ・「ジェール」計画
 cf.マタハリ…映画『マタハリ』(1931)byジョージ・フィッツモーリス
 ・トゥラン主義(19C後半~)by洪の東洋学者アルミン・ヴァムベーリら←煽動工作byナチス・ドイツ
 ⇒汎トルコ主義運動と一部重複
 ・1939.11 フィンランド侵入byソヴィエト
 ・1944.5.9 トゥラン主義者の一斉検挙byイノニュ大統領
 ・「巧妙な外交政策」
 VS.地中海膨張政策byムッソリーニ
 ・1941.4 独が希を降伏させる~トラキア国境
 cf.アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』(ハヤカワ文庫)→映画
 ・1941.3.11 爆破事件
 ・1941.4 イラクでクーデター~反英・親独的政権樹立
 ・1941.6.18 トルコ・ドイツ不可侵条約→独ソ戦開始
 ・1942.2 フォン・パーペン暗殺未遂事件@アンカラ→ソヴィエト、対土態度を硬化
 ・1943.1 「アダナ会談」(英チャーチル+米ルーズヴェルト)…cf.チャーチル『第二次世界大戦』(河出文庫)
 ・1943.10 モスクワ会談~英・米・ソ(“提案”→“命令”)
 ・1943.11 テヘラン会談~英・米・ソ→キケロ…→
 ・1944.4 土、クロム鉱の独への輸出停止措置
 ・1944.6 土政府、親独派(?)外相を辞任させる
 ・1944.8 独との外交関係断絶
 ・1944.9 ソヴィエト、勃に宣戦侵攻
 ・1944.10 英軍、希上陸↑牽制→土、危機回避
 ・1945.2 「ヤルタ会談」~英・米・ソの三国首脳
 ・1945.2.23 対独・日宣戦布告
 ・1945.3 ソヴィエト、中立不可侵条約の破棄を予告
 ・1945.6 ソヴィエト、土東部の領土割譲、モントルー海峡条約の改訂、海峡地帯でのソヴィエト基地設定の諸要求提示⇒土、米国へ急速傾斜
  →cf.小林高四郎『イスタンブールの夜―外交餘憤録』(一羊社)
 ・1952.2.18 NATO加盟
 ・1953.5.30 ソヴィエトの領土割譲要求の取り下げ
 ⇒冷戦
[ 2010/06/26 20:13 ] non-fiction | TB(1) | CM(0)
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