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私的BL論覚書 

本当にここ数日、更新が滞った反省をこめて。
この間私が考えてきたことを、下にメモ残しておきます。
時間が無くて、全く清書されてないのでいつも以上に読みにくいです。

先日、メモを中途で放置した山口昌男の『文化の両義性』を通じて私が感じたことが土台になっております。
(これ以外の多くの書物も、思考の土台になっております)

年内にちゃんと書き起こしたいなあと思いつつ…。




・私はBL愛好者という主観的立場でしかBLに対して言及できない。
(⇔客観主義の克服)
・広義のBLとは記号文学である(≒神話的でもある)。
・いわゆる受けと攻めという二つの属性の相関関係に執拗にこだわるジャンルである。
・この受けと攻めは一見男同士に見えるが、その実態は私⇔社会(秩序、世界、現実)との関わり方に象徴されているように思われる。
・またそれは、芝居的演劇的(歌舞伎とか能等など)な見立ての世界に通じるものでもありうる。
・またそれはゲーム的(遊戯的)行為にも近い(カイヨワの遊びの分類中少なくとも3つは当てはまる)。
・これは極めて主観的な世界への関わり方の一つであるように思われる。
・しかも、この関係は限りなく相補的で常に逆の可能性が背後に隠されている(リバーシブル)。
・このリバーシブルの可能性は、否定要素が支配的なBLジャンルの肯定的要素の一つとして割と語り易い部分である。
・その意味で、フッサールが定義する所の志向性を貫いているジャンルであるようにも思われる。
・それは脱構造(ディスコントラクション)的で、A.シュッツが語るところの至高の現実をよりクリアにする力を秘めている。
・つまり、多層的な現実に対する照射がある。
・サービスという名のポルノグラフィティーな情景描写は、BLの必要条件ではなく、あくまで付加要素の一つに過ぎない。
・それは例えて言うなら、ショートケーキのイチゴのようなものである。
(イチゴが必要かどうかは人による…私個人はショートケーキにはイチゴがあって欲しいがw)
・万が一BLジャンルはイチゴがメインのように見えるのだとしたら、それは主に功利主義的経済主義的見地から分析されるべきであろう。
・もしくは、現代の欲望原理に即した大量消費社会を分析する立場から語ってもいいかもしれない。
・いずれにせよ、私個人は記号がもたらす意味の象徴から深層心理を探ることにはあまり興味が無い。
(→故に、ユング先生には立ち入りたくないし、数多在るBL読者論とは距離をとりたい)
・私の興味はあくまでBLというジャンルが表出している現象についてであり、視座も社会的もしくは歴史的観点(歴史を超えた共時的軸でも構わない)から語りたい。
・パロディは成熟社会で創出されやすい現象であることから、BL(やおい)もある種の成熟社会が根拠にあると言えるかもしれない。
・それはフェミニズム的視点、トランスジェンダー的視点で語ることも可能であろうが、そのフィールドにのみ限定的に使うことは避けるべきである。
・それはもっとダイナミックな照準で語られなければ、構造主義的に無理(穴)が生じる。
・ライトノベルは手段であり、BL作品の多くもライトノベルという手段を用い易い(『ライトノベル入門』より)。
→それは分かり易い道であり、また少女漫画の歴史が培ってきた文法とも無関係では無さそうである。
・BLジャンルはコードが限りなく無限に多層化されうるジャンルである。
・ソレは常にパームテーションXの2=X(X-1)で解される多層的な社会秩序である。
(ただの組み合わせだけではBLは構築されえない、順列が要である)
・私は以前、2人の仲間と共にBL的シミュレーションゲームのシナリオの一部を担当したことがあるが(あくまで遊びの一環として)、これが一部とはいえかなり大変だった。
・3人のキャラクターに2択の選択肢をいくつか与えてBL的帰結を目指すゲームを創ろうと試みたわけであるが、
・この場合、パームテーション3の2=3×2のCPパターン+3人分の視点を考慮に入れるということで更に3をかけた理論上は18パターンのエンディングが用意されているゲームを創ってみたのだ。
・単純に3で割って一人6パターンのシナリオ作りに勤しんだわけだが、結論を言えば私も5パターンしか用意できなかった。
・これ以上のパターンを増やすには分岐を増やさなければ無利と判断して、5パターンで了承してもらった訳であるが…。
・今後の研究対象としては2という数に対する執拗なこだわりについて分析していきたい。
(先日読んだ寿たらこの『SEX PISTOLS』はこのBLジャンルのこだわりを確信的に挑発している作品のように思われる)
・この場合数学論的に2を分析してもいいし、ゲーム理論を参照してもいいし、もしくは婚姻の社会学的書物があれば役に立ちそうな予感がする。
・BL愛好者は記号を介したゲームの参加者という意味でプレイヤーであるとも言えるかもしれない。
・個人的に腐女子という単語が好きではないのだが、それは明白にマイナスのイメージを与える単語だからである。
・対してBLややおいは、まだ文脈を解さなければマイナスのイメージは付与され得ない余力が今のところある。
(ただ言語の属性として、単語の意味は硬化されやすいから、あくまで今のところという時間軸で限定的しておく)
(↑の単語は文脈を通して特殊なイメージを喚起する単語ではある…例)BL=ベーコンレタスの略ともいえるわけで)
・腐女子(BL愛好者)とは比喩的にはウィッチ(魔女)にもなりうるし、トリックスターにもなりうる。
・つまり両義的存在であり、やはり記号論的見地から意義深い存在である。
・ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』という作品における殺害動機は、読書を快楽と感じる人間全てにとって極めて象徴的に脅威である。
[ 2006/12/14 21:20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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