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オセロー 

ウィキペディアによると、四大悲劇中もっとも“平明”な構造の作品とある。
私には、このエピソードが“悲劇”に分類されている理由すらわからなかったというのになっ!
“誠実”というコトバに過度に酔い、惑い、その帰結として破滅の道を歩む人々の風刺劇に見えた。
プロローグ以降一切の本音を閉ざし、道化に徹し、最後にはその饒舌な口まで閉ざした“彼”も、
太陽の如く燦然と輝く公明正大な主人公のオスカーも、最期まで貞淑と純真を貫き通すヒロインも、
私の想像とか理想の射程内にはいない人物像なので、どうにも“解釈”に困る戯曲であった…。

が、いつもの如く腐った目的で読み始めた私なので、腐った解釈で無理を通すことにする。
“憎悪”という情動で箍が外れたイアーゴーが、その対象に讒言を弄して奸計を講じる顛末の中に、
致命的宿命を帯びた二人の男達の、真逆なようで実は底辺が繋がっている関係を妄想してみたい。
意気揚々と露悪的に(しばしば婀娜っぽく)振る舞う彼の姿は、まるで性悪の誘い受けのようである。
目障りな彼を自身の側に陥れたいという身勝手な願望は、殆ど“やおい”そのものとも言えないか。
憎悪とか復讐で滾る心を秘めた男の、その目的の為に手段を選ばない姿はやはり“魅力的”である。
作中であらゆる登場人物の“誠実”を一貫して否定する悪役は、裏のヒロインに見えて仕方無い。

物語のエンジンそのものであった男が口を閉ざした瞬間は、確かに変則的でちょっと呆然とする。
彼の手の平で踊り続けることがこの物語の肝の筈なのに、語り手自らその役割をあっさり放棄…。
たった一人の主人公を陥れるその野望だけに特化した彼も、やはり“一途”なキャラなのである。
“一途”な登場人物達が、その“信念”のために生きることがミステイクの始まりだったのかも。
彼らの末路は、だからある意味因果応報的で予定調和だったように見える。

イアーゴーはオスカーのネガではなく、むしろデズデモーナのネガであったのだ、と。
これは“作品解釈”ではなく、妄想補完した私の“願望”である。

<作品データ>
・シェイクスピア『オセロー』(福田恒存・訳、新潮文庫)1973.6
オセロー (新潮文庫)オセロー (新潮文庫)
(1973/06)
シェイクスピア

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私が読み始めた理由は、お察しの通り『最後から一番目の恋』が直接のきっかけである。
これを読めば俊哉に多少近づけるんじゃないかとの打算があったのだが、正直ムリだった。
ある日突然、あらゆるシガラミを放棄して物語すら投げ打って届かない場所へ行ってしまう、
そんな“自由”な登場人物を好んで描くこの著者の、原点の一人だったかもしれないなあ。
イアーゴーは…。

大好きな作家さんが、ある日突然一切の作品を発表しなくなってしまったらどうしよう…?
イアーゴーのだんまりは、そんな“不安”な思いを掻き立てられるから凄まじいのかもね。

[ 2010/07/04 00:53 ] novel 非BL | TB(0) | CM(0)
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