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物語 バルト三国の歴史 

志摩先生は私の過去のバトルフィールドにとても近い方なので、紹介するのがちょっと照れくさい。
この本は“物語”と呼ぶにはあまりに堅い文章なので、入門書としては相応しくないような気がする。
その分、私には馴染み深くて、懐かしい雰囲気(空気)が濃厚な歴史の研究成果がつまっており、
コンパクトな新書サイズなので、個人的には大変お買い得な歴史研究書でした。

それにしても、世間一般的のバルト三国に対する知識(認識)ってどんなもんなんでしょう?
今回もまた、“ヘタリア”のマイナーキャラとして登場してきた3人組に惹かれて再読してみました。
歴史のダイナミズム的に興味深いのは、対外関係では主に独露(+北欧、ポーランド)に翻弄され、
内政的には支配者(ドイツ人、ポーランド人)と被支配者(農民)の対立が醸成されていく過程で、
“民族”意識が生まれ、“民族”対立が生じ、近隣諸国(特に露)がこの不均衡に便乗していく流れ。
この地域は支配者と被支配者の転覆や同化がなかったから、逆説的に民族自決を守れてきた。
大国に翻弄される一方で、逆に彼ら自身がそのパワー・バランスを利用してきている部分もある。
そんな「真空状態」で「辺境」で「前線」で東西南北の「十字路」であるこの地域の歴史の趨勢は、
地域研究のテーマとして、とても面白いと思う。

何よりもまず、バルト三国が“三国”とセットで扱われること自体が政治的で恣意的である。
そんな現実の歴史的背景から、我々は意識(認識)を改めなければいけないのだ。

<作品データ>
・志摩園子『物語 バルト三国の歴史』(中公新書1758)2004.7
物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア (中公新書)物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア (中公新書)
(2004/07)
志摩 園子

商品詳細を見る



1)バルト海東南地域~エストニア、ラトヴィア、リトアニア
 ⇒琥珀(「太陽の石」)海岸~ユーラシア大陸東西南北の十字路
 例)タイキトゥス『ゲルマニア』
2)バルト海東岸地域~エストニア、ラトヴィア

バルト(baltia)
 ・外的環境こそが「バルト」の概念の揺籃(by志摩)…cf.「東欧」、「バルカン」
 ・ロシアの民主化の進展を知るための「リトマス試験紙」byカール・ビルト(元スウェーデン首相)
 ・周縁部~例)飛び地カリニングラード(露)
 1)狭義~「バルト三国」(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)
 2)広義~「バルト世界」、「環バルト海地域」、「沿バルト海諸国」
   例)「バルト帝国」(Mare Balticum←ラテン語)
   cf.Baltenland~19c末、独語、BaltsBalten@「バルト・ドイツ人」の故郷
    ⇒baltisch~バルト海沿岸地域全体
     ・Ostsee ProvinzenOstzeiskie gubernii(バルト海諸県)~独語
     ⇒ゼムストヴォ制(1864)→Pribaltiiskie gubernii(沿バルト諸県)~露語
      *沿バルト諸県@エストラントリヴラントクールラント≒エストニア、ラトヴィア
       cf.リトアニア、ラトヴィア東部@ポーランド領~WWⅠ後、「バルト」に参入
 ・地理~低地、島嶼、湖沼、森林、不凍港(リーガ、リャパーヤ、カリニングラード)
 ・言語
  1)印欧系語族バルト語派~リトアニア語、ラトヴィア語、古代プロシア語(死語)
  2)ウラル語族~エストニア語、フィンランド語、リーヴ語(死滅?)…cf.ハンガリー語
 ・歴史
  ・「リヴォニア」~「リヴォニア騎士団」~帯剣騎士団+ドイツ騎士団(普)
   12C 「バルト・ドイツ人」入植…例)『ほら吹き男爵の冒険』(18C)
   1939 独ソ不可侵条約→バルト・ドイツ人はドイツへ「帰還
 ・政治的概念~恣意的
  ・ロシア帝国からの独立~フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド
  ・反ボリシェヴィキ~「バルト協商」(1934)
  ・「防疫線」@東欧緩衝国家
  ・運命共同体~露独の狭間の小国家群…例)「人間の鎖」(1989)

□リヴォニア騎士団領
・バルト海@「ヴァリャリーグの海」(Varangian Sea)≒スウェーデン海or「東の海(Ostsee)」
 →ヴァイキング~ノルマン人(ノルド人)
862 「ノヴゴロド公国」←バルト沿岸地域住民朝貢
1171 「北方十字軍」⇒フィンランド、エストニア
    ※三位一体=商人+宣教師+騎士
1202 帯剣騎士修道会@常備軍byリガ司教
1236 リトアニア人の奇襲で↑壊滅
    ∴帯剣騎士団+ドイツ騎士団(普)⇒リヴォニア騎士団領~グレゴリウス9世承認
1242 チュド(ペイプシ)湖「氷上の戦い」…例)エイゼンシテイン『アレクサンドル・ネフスキー』
    by『ノブゴロド年代記』~ロシア人、レッドガリア(ラトガレ)再獲得
13C 神聖ローマ帝国VS.ローマ教皇
    騎士団VS.司教
    帯剣騎士団VS.リガ大司教、シトー修道会
1341 デーン人、バルト海東岸地域から撤退byヴァルデマール四世
    *ラウン『エストニアとエストニア人』
 ※農民(エストニア人、ラトヴィア人)⇔支配階級(バルト・ドイツ人)
  ∴現地住民(農民)は、独自の文化、伝統、一体性を維持(保持)
    →ドイツ人文化に同化されることはなかった
15C 黒死病⇒世襲農民@農奴
1525 ドイツ騎士団(ルター派に、世俗化)~ポーランド王を封王とするプロイセン公国
1558 リヴォニア戦争~「力の真空地帯」⇒勢力拡大の格好の地域
    イヴァン三世(露)=エストニア人農民
     VS.バルト・ドイツ人封建領主=スウェーデン
1561 リヴォニア北部@エストラント⇒スウェーデン@プロテスタント
     ※エリック十四世リッターシャフト身分@エストラントのバルト・ドイツ人貴族
     ∴バルト・ドイツ人~地位強化&固定化、「ランデシュタート(州国家)」、再販農奴制
    リヴォニア南部@リブラント(ラトヴィア人)⇒ポーランド、リトアニア@カトリック
1561 リヴォニア騎士団、ルター派プロテスタントに~世俗化←存在意義を失う
1562 リヴォニア騎士団領解体
    1)エストラント(スウェーデン領)
    2)リヴラント(ポーランド・リトアニア領→スウェーデン領)
    3)クールラント&ゼムガレ(ポーランド宗主権下のクールラント公国
    4)ラトガレ(インフランティ、ポーランド領)
1601~1629 スウェーデンVS.ポーランド・リトアニア
1629 アルトマルク条約
    1)リヴラント~スウェーデン領
    2)ラトガレ(インフランティ)~ポーランド・リトアニアの直轄統治下
    
□リトアニア~「白い騎士」VS.ドイツ騎士団
1251 ミンダウガスカトリックへの改宗
    ※タタール(モンゴル)軍のロシア侵入⇒ハンガリー、ポーランド
    ∴↑ローマ教会との結束を求める遠因by志摩
1253 ミンダウガス、リトアニア王~but、厳しい条件付き
 〃  ガリツィア(ガリーチ)公~ミンダウガスの姪の夫
 ※リトアニアの統一&国家拡大~首都ヴィリニュス@ユダヤ人定住~シナゴーグ建設(1573)
  1)西~西欧キリスト教世界との連携
  2)東~スラブ人正教世界との協力~ノブゴロドとも同盟
  ↑二重の安全弁~ゲディミナス大公の外交(14C前半)
 ∴緩衝国家@タタール人VS.西欧キリスト教世界byビルマーニス(ラトヴィアの外交官兼歴史家)
1380 ドイツ騎士団と秘密条約<休戦>byヨガイラ大公
     VS.ケストゥティス(叔父)=ディミトリ・ドンスコイ(モスクワ公国)
1386 ウワディスワス二世(ヨガイラ大公@ポーランド王位)=ポーランド女王ヤドヴィガ
    ↑同君連合~対墺ハプスブルク家ヴィルヘルム
    ※条件~カトリック改宗、リトアニアのキリスト教化、リトアニアのポーランドへの併合、
     ポーランドの失地回復、など。
    ⇔ヴィタウタス(ケストゥティスの息子、ヨガイラの従兄弟)@リトアニア大公位
    ⇒リトアニア大公国~中央集権的、東方へ領土的野心、サモジチアをドイツ騎士団に譲渡
    ※征服地域住民にキリスト教や文化の同化を求めなかった…例)カライム人
1410 グルンヴァルト(ジャルギリス、タンネンベルク)の戦い
    ※リトアニア軍+ポーランド軍VS.ドイツ騎士団
1420 サモジチア(ジャマイティア)地方、クールラント地方の大部分を奪還
1596 ルブリン連合~リトアニアとポーランドの一体化
    ・大貴族寡頭制~貴族門閥化
    ・リトアニア貴族のポーランド化、ポーランド大貴族(マグナート
    ※ポーランド語@領主の言葉⇔リトアニア語@農民の言葉

□ロシア
1699 「北方同盟」~ロシア、ポーランド、デンマーク
1700 北方戦争~ロシアVS.スウェーデン
1721 ニスタット条約byピョートル大帝
   →エカチェリーナ二世@啓蒙専制君主
1795 第三次ポーランド分割byアレクサンドル一世
   ※基本的に内政不干渉、地方分権的統治
19C ロシア化政策=農業改革、農奴解放=民族的自覚byヘルダー
  ∴被支配者VS.支配者
  1)エストニア人、ラトヴィア人VS.バルト・ドイツ人貴族⇒農民@都市移住
  2)マグナート(大領主)、シュラフト(小貴族)VS.リトアニア人⇒農民@移民
   例外)ラトガレ@ラトヴィア人カトリック教徒
1905 「血の日曜日事件」@「地方の革命」
    →農民~農奴解放⇒農民革命の矛盾byロシア帝国
     VS.バルト・ドイツ人~ドイツ人農民(@ドイツ帝国)の入植を求める
    cf.リトアニア人~カトリック教徒VS.ロシア正教会(∴殆ど革命の影響を受けず)
1917 「三月(ロシア暦二月)革命」@「都市の革命」~帝政崩壊
   ※ラトヴィア人ライフル兵→ボリシェヴィキ革命、対独戦の前線
1918 ブレスト・リトフスク講和条約
   ※バルト三国の国家独立構想~力の真空地帯
    1)ロシア帝国@革命
    2)ドイツ帝国@敗戦
1918-20 解放戦争&ロシアの内戦
   ⇒対ボリシェヴィキ緩衝国家群、「防疫線」⇔WWⅠの列強の利害調整&衝突の場
   +民族自決の原則
   ※バルチック@第二ノ「バルカン」半島by上田仙太郎@里賀(リーガ)
    ∴ロシアの状況をみる重要な観測点
   ⇒ソヴィエト・ロシアが独立承認→連合国が独立承認
   ・スカンディナヴィア=バルト・ブロック構想
   ・バルト連盟構想
   ・東方ロカルノ構想by仏
1934 「バルト協商」調印~対独ヒトラー
   ・ソ連との良好な関係
   ・西欧列強からの支援の時間かせぎ
1938 ミュンヘン協定
1939.3~6 リトアニア、エストニア、ラトヴィア、対独不可侵条約(⇔対ポーランド)
1939.8 独ソ不可侵条約~バルト諸国分割
1939.9 ドイツ軍のポーランド侵攻→英仏、対独宣戦@WWⅡ
1939 フィンランド「冬戦争」
1940.3 フィンランド、ソ連にカレリア割譲
1940 ナチス独のデンマーク、ノルウェー、仏侵攻⇔バルト三国の独立崩壊→ソ連編入
1940.6 バルバロッサ作戦~ナチス独、独ソ不可侵条約破る
   ・エストニア人、ラトヴィア人~ナチス独軍の武装親衛隊
   ・リトアニア人~自ら対ソ戦
   ・ヴィリニュスのユダヤ人→ゲットーへ 例)サルスピルス強制収容所
1944.9 ソ連、バルト三国を再占領
   ※スウェーデンに逃亡したエストニア人をソ連に引き渡すby中立スウェーデンの功罪
     例)「社会主義の世紀」~第三回「バルトの悲劇」(NHK)
   ・「森の兄弟」~対ソレジスタンス
1945 ドイツ敗戦
   ・ケーニヒスベルク(カリニングラード)@不凍港をソ連に割譲
   ・ドイツの東部地域をポーランドに割譲⇒ポーランド領西へ移動
   ・リトアニアのユダヤ人社会完全崩壊
1988 歌謡(合唱)祭
1989 バルト三国で人間の鎖
[ 2009/03/12 00:52 ] non-fiction | トラックバック(-) | CM(0)
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